旅行

2008年12月20日 (土)

兄を見舞いに函館へ

 JR東日本の「大人の休日倶楽部」の会員になると、日にち限定だが連続3日間自由に乗れて一人12000円、しかも特急の座席指定も6回までだが含まれるのである。北海道は函館迄OK。早速入会して函館の兄の見舞いに行く事に決めた。元々ジパング倶楽部の会員なので会費は夫婦こみプラス1000円で良い。

 9月の初め頃、函館の義姉から兄がアルツハイマーと診断されたと言う。2度目の静脈瘤の手術の後、退院した時から鬱状態になり、その後の行動がおかしくなったらしい。食事、入浴が大変らしく浴槽に入るのは無理との事。排便は何とか大丈夫のようだ。

 手術を受けた函館市立病院の神経内科で、色々検査をしてアルツハイマーと診断されたとの事。介護認定も受け週一回デイサービス通う事になったと言う。本人はプライドもあって、中々馴染めないらしい。

 3日間の初日、私達夫婦は新幹線「はやて」で八戸迄、特急「白鳥」で函館迄。約6時間、5時半頃着いた。義姉から前もって聞いていたのだが、兄は外食出来ると言う。そんな訳で、兄夫婦はホテルまで訪ねて来てくれ、最上階のレストランで食事をしたので有る。

 兄は驚くほどしっかりしており、私達を覚えていた。私と同じ無口であった兄が、良くしゃべるのである。同じ事を何回も言うけれども、朗らかなのだ。デイサービスに行くと、女性ばかりで男は三人しか居ないとか云う話をするので有る。

 これは飲んでいる薬(アリセプトD錠5mg)の効果が大きいらしい。今は効果の有る薬が出ているみたいだ。これで病気が治る訳では無く、進行を遅らせるらしい。副作用も心配されたが、今のところ大丈夫の様だ。

 翌日家内は、昼食に「五島軒」のカレーをどうしても食べたいと言う。駅前にレストランが有る筈だと云うので、行ってみたのだが今は無くなっていた。末広町に有ると言うので、市電に乗ったのは良いが逆方向だった。仕方ないので「湯の川」まで行く事にした。兄の家は「湯の川」から歩いて15分程である。電車を降りて食堂を探したが見つからない。ようやく、そば屋を見つけて「ざるそば」をたべた。

 そこからタクシーに乗れば良いのに歩いたのである。歩いた道は間違っていなかったのに、工事中だったりして、色々な人に聞いたのが間違いの元。皆さん親切だったのだが、道に迷ってしまった。結局タクシーのお世話に。

 兄は昨日の疲れか午前中は寝ていたとの事。昨日程でないが、相変わらず兄は饒舌であった。道に迷っているのでは無いかと思っていたよと、こちらの行動を見透かした様な事を言う。そして、函館駅近くで買った手土産のサンドイッチのクッキーを美味しそうに何個も食べたのである。写真を撮ったりして過ごしたのだが、良く歩いたせいかすっかり眠くなってしまった。夕食には、忙しいのに姪が駆けつけてくれた。義姉は娘から携帯を買い与えられているのだが、操作が全く苦手らしい。おばあさん用に文字は大きいのだが、メールは無理かも。

 その夜の寝台車「北斗星」で帰る予定だったので、姪は函館駅迄車で送ってくれた。義姉もわざわざ付いて来てくれたのである。改札を通った後も、私達が見えなくなるまで手を振って見送ってくれた。

 ブルートレインに乗るのは、家内は二度目だが私は始めてである。勿論寝台券は割引にならない。利用したのはB寝台の二人用個室で有る。少々狭いが昔乗った事のある三段ベッドの寝台車とは大違いだ。疲れたせいか鼾をかいて良く眠ってしまった。

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2008年10月 7日 (火)

ニセコへの旅

 友人がニセコの山荘に住んでいます。恒例のパーティーを開くとの事、始めてですが参加する事にしました。家内は今年どうしても墓参り行くと言うので、これを機会に前日一緒に札幌入りしました。その日の内に藻岩の納骨堂、あくる日午前中は小樽の父母の墓と、私にとっては今年二度目の墓参りです。朝小樽に着くと偶然ですが、SLが出発する所でした。C11型ですが、最後尾にディーゼル機関車が付いていたので後押しするのでしょう。家内を帰した後、いよいよニセコに向かって出発です。1220分小樽発長万部行きのJRに乗りました。ワンマンカーで、驚いた事に余市と倶知安以外のほとんどの駅が無人駅でした。

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 その夜のパーティーはバーベキューで、総勢13名。雨除けのテント、食事の段取り等、先着組でほぼ完成していました。料理に一言多いベテランがいるので、こちらは只従うだけです。豚肉に牛肉その他諸々、普段食べてないので、つい食べ過ぎてしまう。燃料の炭は、この山荘主人の自家製なのです。又、冬暖房用の薪は五年分山と積まれています。畑も有るとかで、とにかく、しなければならない事が沢山有って、暇等ないそうです。

 あくる日、ゴルフ組意外の女三人男二人でドライブに出かけました。この上の無いほどの絶好の良い天気で快適でした。ニセコアンヌプリ、イワオヌプリが見える駐車場迄行き30分程散策を楽しみました。帰りは「雪秩父温泉」に。此処は町営の露天風呂が有り温泉好きにはたまらないらしい。500円で入り放題との事で、露天風呂の梯子をしながら、男二人話をしながら一時間過ごしてしまいました。昼食は、一風変わった主人のいる「おそば屋さん」に連れて行ってもらいました。幸い開店しており、入り口には行儀の悪い人お断りの張り紙がありました。お客の顔を見てから「そば」を打つそうです。10割そばで、全員「生粉打ちそば」を注文。全員口を揃えて「おいしい」の連発でした。

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2008年8月 9日 (土)

小樽での同期会と墓参り

 今年6月末、小樽住吉中学校の5年に1度の卒業55年同期会が朝里川温泉で有りました。例年なら家内共々ついでに墓参りに行くのですが、生憎、施設に居る息子の帰宅日と重なり、家内は同行出来ませんでした。次男の息子が墓参りを希望したので土日の休みを利用して札幌で会う事にしました。

 初日は同期会の前々日、この日は高校同期会「北海道元気会」だったのです。会場はやはり朝里川温泉、集合時間は4時。早めの飛行機で羽田を発ったので、札幌の北大植物園で時間を潰しました。

 元気会も無事終わり、あくる土曜日札幌のホテルで息子と落ち合いました。実は私の墓参りは二ヶ所なのです。一つは藻岩に有る納骨堂で先祖のもの、もう一つは両親と長兄の眠る小樽の火葬場近くにあるお墓です。昼食後、藻岩にタクシーで向かいました。納骨堂は山の上、長いきつい階段を登らなければなりません。預かった鍵で重い扉を開け、階段を登って二階へ行きます。そこはコインロッカーが並んでいる状態とほぼ同じです。先祖の棚は最上段の一角です。お祈りを済ませた後、下の社務所に寄り、お布施を渡し、御経をあげて貰うよう頼みました。来たついでです。ロープウエーで藻岩山山頂まで行き、札幌市内を眺めた後ホテルに帰って来ました。

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 次の日は小樽です。着いたのは朝の九時、供えの花を買つもりでいた駅前のスーパーは十時開店。早く来すぎだよと息子に文句を言われる始末です。第二大通りをぶらぶら歩いていると偶然雑貨店の前に仏花が置いて有りました。早速買い求めタクシーで墓に向かいました。今日も又長い坂道を登り、ようやっとたどり着きます。墓は汚れており、綺麗に拭き取る事にしました。花を供えローソクを立てたのですが、線香を置く場所が無く苦労しました。

 バスで小樽市内に戻ったのですが、昼までに未だ時間があります。仕方なく何回も歩いた事のある小樽運河をぶらぶらと二人で歩いてみました。中国人の観光客が結構多いようです。夕張メロンを売っていましたが、箱に一個入りが30003500円位、箱に二個入りが60007000円位です。少し高いですね。昼食は例年楽しみにしている小樽駅近くの寿司屋に入りました。以前、と言っても10年以上前ですが、始めて入った時は東京の半値位で美味しく感激したものです。最近は観光客が多いせいか、そうでもないようです。

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 私は未だに本籍は、高校卒業まで住んでいた「小樽市奥沢三丁目」です。寿司屋を出ても未だ時間が余っています。息子が本籍はどの辺だと聞くので、行ってみる事にしました。少し遠いけど時間潰しに徒歩です。駅前大通りを花園町の方へ向かい、入舟町の交差点を右に曲がりました。やがて二股の左へ曲がる坂道を登ります。その頂上の右側は、大昔、育成院と言って孤児達の為の建物が建っておりました。今は共同住宅に生まれ変わっています。坂を下りると左側はかつて私が通っていた奥沢小学校。木造校舎はなくなり、校門もなく、いきなりグラウンドが見え、その奥に鉄筋の校舎が建っているのが見えます。学校の向かい側の路地を入り五軒目位が私の家でした。当時の建物は勿論一軒もなく、新しい家に変わっていました。私の家も例外で有りません。息子に本籍の場所をしっかりと教え、坂を下って奥沢の大通りへ出ました。歩き出してから40分位。息子は明日から仕事なのにすっかり疲れさせてしまいました。

 バスで小樽駅まで帰って来たのですが、住中同期会の集合時間は小樽駅午後四時です。未だ時間が有ります。喫茶店で一時間程粘ったあと、息子を新千歳空港行きの列車に乗せて帰しました。

 その日の同期会参加者は、総勢73名、そのうち先生は二人。一人は女性教師でしたが、生徒より若いと言っていいくらいでした。ほとんどの先生方は亡くなっています。もう一人先生は英語の教師でしたが、今はしっかりしているのか、そうでないのか、さっぱり分かりません。その挨拶のスピーチがあまりにも長く、何時終わるか分からず、終にしびれを切らして幹事がレッドカードを出したところ大変なおかんむり。それでも、お酒が入ったら機嫌が直ったようです。総会で幹事は、今後あと一回でこの会は止めるとの事で皆賛成しました。五年後は後期高齢者です。

 二次会には、憧れのマドンナが同席してくれました。彼女は中学時代、同級生のみならず同学年男性から、熱い目で見られていたのです。勿論私は口もきいていません。その彼女が後に同じ同級生のKと結婚したと聞いた時は心底驚きました。なんであいつと、つい思ってしまいした。自分自身結婚しているのに、おかしな話です。その旦那も今は二日に一回の人工透析だそうです。そう云えば彼女は五年前と比べると大分やつれている様です。大変ですねと言うと、今迄食べさせて貰ったのだから、その恩返しだと言うのです。随分とけなげです。

 あくる朝、小樽駅で帰りのバスから降りた後、女性四人からお茶を誘われました。とは言っても皆同級生の元娘さん。小樽弁を聞くのも今日が最後。別れた後駅前スーパーに立ち寄りました。ここでは、夕張メロンが一個600円、北海道産が一個800円で売っていました。空路持ち帰るには、少々重たいのですが北海道産を買って帰りました。3500円のメロンと比べてどうなのかは分かりませんが、とにかく最高に美味しかった事は事実です。

2007年10月17日 (水)

壱岐・対馬旅行

先月(9月)1720日、三泊四日の私達仲間いれぶん会で、壱岐・対馬旅行に行ってきました。

 初日は小雨、その日の宿は“ホテルラスコート太安閣”。なかなか感じ良いホテルで食事も気に入りました。特に“うに”は絶品でした。焼酎の評判も上々、女将さんは郷土の踊りも披露してくれました。

 翌日はバス観光、猿に似た岩“猿岩”に直行。そこで、駄洒落の一句。

                   ‘秋の海 生き生き見える 壱岐の猿’20071022232828_3

 次は焼酎工場、全ての種類の酒を試飲出来ると言うので、皆さん試していましたが、下戸の私は“リキュール”だけ。甘口で飲みやすく、これならいくらでも飲めそう。

 酒好きの息子から、小遣い貰ってきているてまえ、評判の麦焼酎“壱岐っ娘”を購入。帰ってからの息子の反応は、こんな美味しいのは初めてと言う感想でした。

 その日の昼食は対馬、バス観光で烏帽子岳山頂展望台に。四方が海でリアス式の海岸の緑が美しい所でした。宿はビジネスホテル。昨日との落差にみんなびっくりです。それでも夕食は、名物石焼でした。

 此処は、壱岐とは全く雰囲気がちがいます。観光地と言うより国境の町と言う所。みやげもの専門と言う店はない様です。

 次の日の主なバス観光は、元寇の役古戦場“小茂田浜神社”、石屋根倉庫、万松院、お船江跡でした。夫々でのつたない感想句。

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‘秋晴れに 元寇ゆかりの 神拝み

‘古の 石屋根厚く 日は暑く

‘石段を 登る暑さや 彼岸花

‘爽やかに 石積み映える お船江

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