家内の鏡台は結婚以来そのままなので、相当ボロになってしまっている。そこで、鏡は未だ使えるので台の部分だけ作る事にした。方法は15ミリと4ミリのシナベニヤを裁断し、木工ボンドだけで接着組み立て、小口部は3X15ミリの桧板を張ってベニヤの小口を見せない様にするので有る。同じ方法で過去に、机、本棚、ラック等を作っている。
渋谷の東急ハンズに行って、何時もの様に図面を書いて寸法通り切断して貰った。使った材料は、15ミリのシナベニヤの1820ミリX910ミリと600ミリX910ミリ各1枚、4ミリのシナベニヤ910ミリX600ミリ1枚である。組み立てる時は一切、のことかんなを使わずに出来る筈で有る。 ところが、やはり2、3ヶ所寸法を間違えていた。止むを得ずのことかんなを使う。毎度の事だ。出来上がってみると、右と左でデザインが違う。良く考えてみると、左側の引き出しの上下の仕切り板は必要ない。両端に受けが有れば良いのである。それならば、15ミリのシナベニヤは1820ミリX910ミリ1枚で足りた筈だ。 後で悔やんでも仕方がない。塗装すれば良いのだが、根気と技術がいるし臭気も出る。床用のワックスだけ塗る事にした。
取り溜めていたビデオテープをパソコンのハードディスクに保存していたのだが、中には劣化して横縞が入り雑音のあるテープが多々有る。観賞に耐えないのだから、諦めてしまえば良いのだが未練がましくつい保存しているので有る。そんな時、画像安定装置なるものが有る事を知った。
その中の一つ、ITS社の「IT-300DX」を購入して試してみる事にした。使っているビデオキャプチャはI-ODATAのGV-MDVD3である。この画像安定装置が見事に雑音を消し、綺麗な画像になったので有る。これは一種の感激で有る。メーカーはキャプチャでの使用を保障していないが、全然問題無い。
もっと前に画像安定装置の事を知っていればと思ったのだが、後の祭り。大元のビデオテープは既に処分済みで有る。
BSのデジタル放送を録画したテープはコピーワンスの為GV-MDVD3ではキャプチャ出来ない。が、この安定装置を通すとキャプチャ出来る事が分かった。アナログのビデオテープに録画しているのだから画質は劣化しており、それがキャプチャ出来ないのは甚だ理不尽で有り、これで解決。良かったと思う。
I-ODATAのGV-MDVD3を使って溜まったビデオテープをハードディスクに取り込み始めたのだが、BS放送がデジタル化してデジタルチューナから録画したテープは、著作権保護信号のためキャプチャ出来ない。
そこでI-ODATAのGV-MVP/RX3を購入した。これだとBSチューナーからコピーワンス録画出来る。同じ理屈でGV-MDVD3でキャプチャ出来なかったビデオテープが出来るようになった。これからはBS放送から直接ハードディスクに録画出来るのだが、どうも画像の精度が今ひとつである。
そこでPCDEPOTの地デジBCキャプチャPIX-DT012-PP0を使って見る事にした。これはダビング10に対応している。勿論画像は一段と鮮明で有る。
長年録画して来たビデオテープどう処分しようか考えている時、Dionの広告「ビデオテープをデジタルで残そう」を見てキャプチャを昨年暮れ購入した。I-ODATAのGV-MDVD3である。その時のパソコンは10年前の自作でCPUはペンティアムⅢで力不足。そこで新たに3台目を自作。CPUもCore2Duoにした。
このキャプチャのドライバーがうまくインストール出来ない。悪戦苦闘したが、原因はOSのXPが再インストールだった為アップデートしてなかった事らしい。ビデオデッキと繋いだのだが、具体的手順が何処にも書いていない。後はホームページを見ろと云う事らしい。Q&Aで初めてUleadのソフトの項目「インポート」から始まる事を知った。
録画1時間は約3.3ギガの容量が必要だと分かった。500ギガ外付けハードディスクを取り付けているのだが、単純計算で140時間位である。テープ本数にすると30本。100本近くあるのだが、劣化して見られないテープや必要ないテープは破棄するとしても容量は足りない。
衛星放送がアナログからデジタルになり、デジタルチューナにしてから録画したテープはこの機器でキャプチャ出来ない事が分かった。がっかりである。これは後で解決しよう。
再生の画面は、普通に再生してテレビで見るのと比べて、やや見劣りする。そこでビデオカードGeForceの8400GSを組み込んでみた。廉価版である。400Wの電源なので高級品は無理と思ったのである。結果それ程代わりばえしない。
映像はOSをVistaにしないと本領を発揮しないと聞いたので、XPからVistaのHomePremiumにアップグレードし、モニターも19インチワイド解像度1440x900に変えた。以前と比べて相当良くなった事は確か。十分とは云えないまでも、満足。
3台目のケースはミニタワーに決めた。寸法にするとW180xH360xD420位で有る。従ってマザーボードはマイクロATXと言う小さめの物だ。部品は全てインターネットで購入する事にする。同じミニタワーでも8年前よりは、ケースの奥行きは5cm位大きい。ケースは台湾のメーカーAOpenのTM312、400W電源付。マザーボードは同じく台湾のメーカーIMSのG31M3に。CPUはインテルのCore2DuoE8400でメイドインインドネシア。メモリーはDDR2 1Gx2。内臓ハードディスクはロジテックの320GB。DVDドライブとフロッピーとモニターは今使っているのをそのまま転用した。
部品が全部揃った所で、組み立てに掛かる事にした。MSIのマザーボードのバックパネルは薄くてペナペナだ。ケースに付いているオリジナルのパネルは厚くて丈夫なので見劣りする。CPUに取り付けるクーラーは4本のピンでマザーボードに留めるのだが、これが厄介な代物で一筋縄ではいかない。インターネットで調べると、この取り付けには苦労している人は多い様だ。aINEXと言う所から補助グッズ(BS775)が出ている。自作する人が楽に出来る様にマザーボードの裏側からビスで留めるらしい。最初からこれを使うのが正解だったかも知れない。値段を調べると、本体950円、送料965円、代引きにすると+315円である。
気を取り直してマニュアル通り再度挑戦して見る。CPUとクーラーの接触面のシリコングリスは最初から付いていた。ピンの頭にマイナスドライバーを当て、指でずり落ちない様にして全体重をかけて押し込むのである。カチッと音がしたらOKだ。順番は対角線方向からする。漸く3本まで留める事が出来たが、最後の1本はビクともしない。下手するとマザーボードを傷つけてしまう。最後の手段、木の平板(3X15mm)が手元に有ったので、それを切ってスペーサーにし万力で締めてみたのである。さすが万力見事にカチッと音がして留める事が出来た。マザーボードが撓っている。その後はマザーボードのマニュアル通りだが、英語なので辞書を引きながらである。 次に問題なのは、今使っているパソコンをどうやって新しいパソコンにそっくり移動するかである。以前買った80GBのハードディスクに付いていたソフト「ファイナルパソコン引越しLE」を使う事にした。先ずOS以外のデーターを外付けハードディスクに保存する。新しいパソコンのハードディスクに改めて「ウインドウズXP」をインストールし、「引越しLE」で外付けハードディスクからデーターを荷降ろしするのである。ウインドウズXPは改めて認証を要求してくるのでインターネットに繋いで登録をすます。ハードディスクには137GBの壁が有るそうで、それ以上のハードディスクを使用する場合はウインドウズXPのサービスパックを3にしなければならないそうだ。そんな訳でマイクロソフトのホームページからサービスパック3ダウンロードした。 CPUのコア2は熱暴走しない様、温度管理が必要らしい。限界温度が何度なのか良く分からない。60℃以上になると危険らしい。マザーボードにセンサーが付いているのでバイオスで見る事が出来る。ところがこれが、あまり当てにならないとの事。ちなみに今回は、電源を入れて直ぐでは32℃~35℃位、時間が経つと43℃~46℃位で有る。MSIのマザーボードにはCPUの温度等、常時監視出来るソフトが添付されている。あまり気にしないが、念のためケース内に吸気と排気のファンを付けたら常時38℃位になった。新しいパソコンの効果は抜群で、今話題の地球上何処でも行ける「グーグルアース」が以前と比べて滑らかに動く。
2001年にパソコンを2台組み立てた。何故2台かと言うと、その1年ほど前、突然使っていたパソコンが動かなくなり、危うく仕事に影響しそうになり予備が必要と思ったからである。当時使っていたマシンはNECのPC98型で確かWindows3.1を組み込んでいたと思う。その時は、得意先の積算事務所にマシンに詳しい人が居り、わざわざソフマップ迄行って中古品を買って来てもらい、ハードディスクを交換する等して資料を損なう事なくパソコンを使える様にしてくれたのである。その後は小まめにバックアップを取るよう心がけていた。
ある日書店で「自作パソコン」の単行本を手にとり買ってしまった。読んでいる内に面白そうなので組み立てる事に決めたのである。昔高校生の頃は、受験勉強も程々にして五球スーパーラジオを組み立てて喜んでいたものである。当時の工具は今も持っている。真空管の名前も何故か覚えている。6WC5、6D6、6ZP1、42、12F等。会社勤めしている40代の頃は、オーディオの真空管アンプ、トランジスタアンプそしてスピーカーボックスを作るのを趣味にしてしまった。けれども家内に家中アンプだらけになるから止めてくれと言われ、大半は粗大ゴミで捨てる事になる。最後の1台と思い雑誌「無線と実験」の製作記事のアンプを作ろうと思い、部品を半分程買い集めた所で中断し20年以上経ってしまった。死ぬまでに出来るかどうか。
1台目のパソコンの頭脳に当たるCPUはセレロン733MHz、ハードディスクは20MBだった。2台目のCPUはペンティアムⅢ866MHz、ハードディスクは40MBと少しグレードアップしている。アンプと比べて半田付けが無く、只部品を繋ぐのだから簡単と言えば簡単である。CPUにクーラーを取り付けるのが意外と力仕事で想定外だった。難しい用語は作っている内に覚えるし、無理に覚えなくても良い。手取り足取り詳しい事は本に書いてある。表計算、ワープロ、メール等に使う分には、この程度の性能で十分だ。この時のOSは「ウインドウズMe」である。その後2台目のパソコンは「ウインドウズXP」にバージョンアップした。3年程前、2台目のハードディスクがガガと音を立てて壊れてしまった。今度は80GBのハードディスクに取り替えた。失われたデーターは修復業者に頼めば3万円程で復帰出来るが、既に仕事を止めていたのでそんな価値はもうない。
昨年暮にインターネットで、ビデオテープをDVDに録画するアイテムを購入したのだがCPUが力不足で使えない。セキュリティのソフトを入れてからは、反応がやたらと遅くなって不満な事も有って、3台目のパソコンを組み立てる事にした。8年前と比べてハードは随分と進歩している。電源は20ピンから24ピンに。ハードディスクは1000GBの容量の物が有り、データーの転送規格も速度の速いシリアルATAになっている。メモリーもSDRAMからDDR2になり、容量の単位もメガからギガになってしまった。CPUはセレロン、ペンティアムは過去の遺物で、今はコア2なのである。
いよいよ内視鏡検査の当日がやって来た。前日までの三日間の三食は、トースト、うどん、お粥の生活だった。お陰で体重は2キロ減ってしまった。朝になり昨夜9時に飲んだ病院の下剤が効かないのである。便秘症なので、前々日に市販の下剤を飲み昨日出してしまったせいかも知れない。ともかくそのまま指定の時間の8時迄に病院に入った。一般受付は9時なので、集まったのは検査を受ける人間だけである。女性三人男性は私一人である。女性の一人は88歳で、義理の妹が付き添っていた。後の二人は私より若い。スリムな人と太目の人で対照的だ。
空いている診察室に5人が入り勝手にベッドと椅子に腰掛ける。そこで2リッターの下剤を2時間かけて10時まで飲んでくれと云う。酒盛りならぬ下剤盛りである。この下剤がまた飲み難い。ポカリスエットをいやらしくした様な味で遅々として進まない。雑談するのだが、三日間の食事どうだったとか、便が出たとか出ないとか、そんな話である。88歳のお婆さんは耳が遠くマイペースである。以前に内視鏡検査をしたらしく、あれは痛いと盛んに言う。付き添いの義理の妹さんも色々大変で有る。最近、X線検査で2cm大のポリープが見つかり今日それを取るかも知れないと言う。
88歳のお婆さんは、しきりにトイレへ行く。10時過ぎた頃、そろそろ二人の女性が行きだした。私にはなかなかその気配が来ない。何回か通って、固形の粒が無くなり薄い黄色にならないとOKにならないのだ。最初にOKなったのは、太目の女性。二番目はスリムな女性である。私は遂に最後になってしまった。やがて最初の女性は、検査着に着替え二階の内視鏡検査室に行ってしまった。40分位で戻って来たのだが、ポリープも無く異常なしと云う事で、今日帰れると喜んでいた。2番目のスリムな女性は戻って来なかったので、或いはそのまま入院したかも知れない。 OKになったのは良いが、その後何回もトイレに通う。出てくるのは、生暖かい黄色い水である。甚だ厄介だ。お婆さんと私は午後の部になってしまった。検査室の前の廊下の椅子に腰掛けていると、検査しているお婆さんの痛い痛いという声が幾度も聞こえて来る。ドア越なのだから、余程大きな声で叫んでいるに違いない。やはり痛いのだと不安になってくる。たまたま他の検査の付き添いに来ていた男性が、ポリープを7個も取ったが内視鏡は少しも痛く無いと言う。それ程痛く無いのが普通かも知れない。結局お婆さんはポリープを取らなかった。取ると危険らしい。後は手術になるのだが、年齢を考えるとそれもどうかと言う事。先生方と相談して義理の妹さんは、厳しい決断しなければならない。 私の番になった。先生は痛い時は言ってくれと言う。内視鏡を入れた後、いきなり痛いのである。思わず痛い痛いと叫ぶ。カメラが前進する度に痛いのだ。痛いのは盲腸の傷のせいかも知れないと先生は言う。意味が良く分からない。あまり痛がるので、先生は横向きの姿勢から仰向けにしてくれた。そして看護婦さんが強くお腹を押さえて呉れる。すこしは楽になった様な気がする。それでもカメラが前進する度に痛いのだ。何時終わるのだろう、早く終わって欲しいと願っていた。お袋が生きていたら、お産の苦しみと比べればそんなのは痛い内に入りませんと言うに違いない。 一年前のX線検査で、小さなポリープが有ること分かっていた。当然だが内視鏡でも見つかった。1cm位だと云う。切り取る事になった。一晩入院しなければならないと言う。一月は遠出とアルコールを控えるよう言われた。切り取る所を画面で見せて貰った。ポリープは真っ赤な玉のように見える。細い針金の様な物で輪を作り、ポリープに被せ首根っこの部分で絞めて、電気を通して切るらしい。この場面は、テレビ番組で何回も見た事が有る。太ももにアース板をピタリと張り付け電気を通した。取り出したポリープは1cm程では無く、精々7mm位だ。これで終わりかと思ったら、もう一度カメラを突っ込んで傷口をホチキスで止めて漸く終わった。 入院のベッドは、差額の出ない部屋を希望したら3階外科病棟の6人部屋に入れて貰えた。そこで血圧を計り、止血の為の点滴をする。その頃、入院するかも知れないと思って家内が来てくれた。スリッパと洗面用具とティッシュ、携帯ラジオを置いて行く。私の腕は、採血するにも点滴するにも血管に針を刺すのが難しく看護婦さん泣かせで有る。そんな訳で、今回は手の甲に点滴の針を刺す事になった。初めての経験で有る。2時間位で終わる筈が、優に4時間もかかってしまった。その間、おならをする度に水が出て来て気持ちが悪い。夕食は無しだ。 翌日の朝食は、出血が無ければ食べられると言う。特に何事も無かったので、漸く食事にありつけた。粥食である。薄いトーストが2枚、オムレツ、サラダにデザート。お腹がすいていたので全部たいらげてしまった。内科の先生の診断が無いと退院出来ないので、退院時間は昼過ぎになるらしい。うとうと眠っていると内科の先生が来て問診して行った。昼食も病院食を勧められたので頼む事にした。これも粥食、今度は本当のお粥である。清算して無事バスで帰って来た。
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